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大宝八幡宮(たいほうはちまんぐう) 茨城県下妻市大宝667 0296-44-3756 誉田別命(ほんだわけのみこと) 足仲彦命(たらしなかつひこのみこと) 気長足姫命(けながたらしひめのみこと) 財運拓福・厄除・交通、家内安全・商売繁盛・安産
大宝元年(701)藤原時忠が筑紫・宇佐八幡宮を勧請したのが創祀といわれる。 祭神は、国家鎮護の神としてしられる誉田別命(応神天皇)・足仲彦命(仲哀天皇)・気長足姫命(神功皇后)の三柱。 関東最古の八幡宮としてしられ、代々の大宝城主、下妻城主の崇敬が篤く、多数の八幡宮が当宮から八幡神を勧請し、東京深川の富岡八幡宮も同様であるといわれている。 平将門の戦勝祈願参拝や、源頼義が祭祀殿を寄進。文治5年(1189)源頼朝が、鎌倉の鶴岡八幡宮若宮を勧請し、境内の摂社、若宮八幡社を創建。寛政7年(1795)には、光格天皇より額字及び御紋付幕を賜ったという記録も残っている。 本殿は、桃山時代初期の地方的建築のありさまを示す貴重な遺構といわれる三間社流造で 国指定重要文化財。天正5年(1577)に下妻城主・多賀谷尊経が建立したことが、本殿回廊の高欄擬宝珠(こうらんきぼし)によって知られる。
また境内は、平安時代から南北朝時代にかけてあった大宝城城跡でもあり、国指定文化財となっている。大宝城は平清朝公が築城し、応徳3年(1086)下津間盛幹が初代城主となり、その後、源頼朝の命により小山(下妻)朝政が治め、暦応4年(1341)常陸国司春日顕時が若き興良新王(おきながしんのう)を奉じて入城するなど、東国の南朝方の拠点であったといわれている。例祭(大宝まち)は、春大祭(4月15・16))・秋大祭(9月15・16日)。 特殊神事として、タバンカ祭(9月12〜14日)がある。
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