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龍穏寺(りゅうおんじ) 曹洞宗、長昌山。寺の起源は1200年程度前の奈良時代の山岳仏教にまでさかのぼる。それが室町時代には衰微していたのを、幕府六代将軍・足利義教が、彼の帰依する越生氏出身の無極禅師と扇谷上杉持朝に命じ、関東の戦死者の菩提所とした。無極禅師は同山第一世として開山し、それからここは関東の曹洞宗の第一の道場となる。龍穏寺は小永平寺とも言われ、大中寺・総寧寺とともに曹洞宗の関東三大寺の一つに数えられ、特にその筆頭であるという名刹。しかし、室町期の打ち続く戦乱の中で戦火に包まれることもあり、太田道真・道灌親子の助力を得て再建した。小田原合戦後、秀吉、そして徳川幕府の時代になっても寺は曹洞宗の名刹として尊重され、この一帯の領地を寺領として寄進を受ける。また徳川幕府の寺社奉行諮問席に任じられるなど繁栄していた。だが明治維新後に寺領はすべて没収、従来の特権も召し上げられ、また大正2年(1913)には大火に遭うなど災難が続いた。現在は、かつて持たなかった檀家を持つなどして少しずつ復興している。
★所在地:埼玉県入間郡越生町龍ヶ谷452 ★交 通:越生駅からバス上大満下車 ★連絡先:0492−92−3855
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