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慈光寺(じこうじ) 天台宗、都幾山。開基、白鳳2年(673)慈光老翁。清和天皇が慈光寺を勅願寺と定め、「天台別院一乗法華院」と称せしめたことは、鎌倉時代に栄朝上人が願主となって鋳造奉納したこの寺の梵鐘銘に「天台別院慈光寺」とあることからも十分承知できる。また『風土記稿』に「昔は大伽藍にして、何の頃よりか台・密・禅の三宗を兼学」すとあるから、鎌倉時代には関東の地に重きをなす寺院であったことが知られる。弘長2年(1262)のものをはじめ九基を数える「板碑」の伝存は、中世におけるこの寺の繁栄がいかに大きかったかを示している。鎌倉時代文化の一異彩であるこの寺の大板碑群、六百年の風雪に堪えてきた姿は気高くさえある。寺伝によれば天武の朝(673)慈光翁が僧慈訓に命じて千手観音像を彫ませ、本尊として祀ったのが、この寺の始まりである。現在は鎌倉時代の作といわれる千手観音像が、切れ目の長い慈眼で私たちを優しく迎えてくれる。子供を背負う如く一臂を背に向けているのが特色。都浅山は、ここを役ノ行者が修験の道場としたとも伝え、平安時代作といわれる蔵王権現がその流れを今に伝え、早くからの山岳寺院であったことが知られ、天台修験の高い格式を誇っていた。のちに鑑真和上の高弟道忠が丈六の釈迦如来像を大講堂に安置、全山の堂宇を整えたことで慈光寺第一世とされている。さらに慈覚大師円仁が密教の法門を伝えた。大師の植えられた多羅葉樹は今に千百余年の樹齢を数えている。
★所在地:埼玉県比企郡都幾川村西平386 ★交 通:明覚駅からバス・西平下車 ★連絡先:0493-67-0040
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