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妙光寺(みょうこういん) 日蓮宗、妙印山。俗に「多古妙光寺」といわれています。天正5年(1577)、多古城主・牛尾胤仲が、やや北西の染井から現在地に移したと伝わっています。寺伝によれば、弘安年中(1278〜1288)のあいだに、常在院日朝によって創建されたと伝えられています。日朝は上総国藻原の豪族斉藤遠江守兼綱のことで、建治2年(1276)に自邸に法華堂を営んで日蓮宗の信仰を深めた人物です。なお、日本寺の近く、多古町南中にある「竹林山妙光寺」とは別の寺院。もともと妙光寺は千葉胤貞(大隈守)の所領である千田庄内にあったお堂のひとつで、延文4年(1359)、胤貞によって供養された「原郷御堂」の後身といわれています。妙光寺に伝わる永和元年(1375)の曼荼羅本尊(本妙寺四世・日尊揮)の脇書によれば、「多古木厂堂」とあり、「多古村原郷御堂」のことを指していると考えられます。延文4年(1359)、二世・日通は中山本妙寺三世・日祐に師事し、中山門流の寺院になったとされています。その後、日祐の弟子で中山本妙寺四世・日尊が日蓮の坐像を彫像して妙光寺に納めており、胎内銘によれば、「永和2年(1376)2月25日」に日尊が導師となり、「円城寺図書左衛門尉源胤朝」「平氏女図書悲母」が大檀那となって像が作成されたものとわかります。日蓮のあごひげが植えつけられていると伝えられ、俗に「ひげのお祖師様」と称されています。また、銘には「千田庄多古村妙光寺」とあることから、永和2年(1376)の時点ではすでに「妙光寺」と称されていたことがうかがえます開創、開山、開基不詳。、阿弥陀如来坐像は鎌倉時代、宗慶作で重要文化財。他に観音菩薩立像、勢至菩薩立像がありいずれも鎌倉時代の宗慶作。
★所在地:千葉県香取郡多古町多古2550 ★交 通:八日市場駅から10km ★連絡先:0479−76−2920
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