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五流尊瀧院(ごりゅうそんりゅういん) 修験道本庁。役の行者が伊豆の大島に流される時、五人の弟子が、熊野の神体を奉じて児島に逃れ五院を建立し五流の基礎をつくった。五流五家とは、尊瀧院、太法院、報恩院、建徳院、伝法院をいいその中心が尊瀧院であった。この地を熊野三山に真似て、新熊野三山を造ったのが修験の根本道場五流が児島にある由縁。後鳥羽天皇の時、三井寺長吏覚仁親王が、承久の乱(1221)を避けて児島に下り、尊瀧院に住した。その兄宮の頼仁親王(冷泉宮)も、この地に配流され、兄弟一緒に住した。この後、五流山伏と云われて朝廷にも大きな発言力を持って栄え、徳川時代には備前池田侯が、知行を増やし伽藍を奉納して、発展を遂げた。明治になり神仏分離の令で修験道廃止の憂き目にが、役の行者の行法垂則は連綿と続いた。昭和21年から五流尊瀧院を総本山として宗教儀式行事を壮厳に執行している。
★ 所在地:岡山県倉敷市林952 ★ 交 通:木見駅下車 ★ 連絡先:086−485−0027
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